上海金龍金筆廠→公私合営安東永華金筆廠→地方国営安東金筆廠→丹東金筆廠→丹東金筆廠(丹東中朝友誼金筆廠)

上海金龍金筆廠は1947年に益新教育物品社の社長 何柏齢さんに建立された万年筆会社です。
何さんは政治家である陳雲の商務印書館に仕事した時の知人です。華商四大文房具商店の一つとし、益新教育物品社は堀井謄写堂の競合他社でした。

この会社のすべての万年筆製品が5品番(1948年当時):

H56型標準金筆=略称56型/大型=他社28型
H46型常備金筆=略称46型/中型=他社26型
H36型学生金筆=略称36型/小型=他社24型
G26型簿記金筆 銀行用
P26型簿記金筆 銀行用

銀行用万年筆がベストセラーであり、アメリカの会社も金龍と代理に関わることを相談しました。(当然、インフレーションにより、代理することができませんでした。)

1949年6月大公報の広告により

P246型銥金筆(イリジウムが有するスチール先万年筆)

1952年に公私合営し、安東へ遷移しましたら、銀行用万年筆の生産が既に止まりました。何さんの汚職などことが揭発されたことにより、会社が1955年に国営化されました。
地方志による1952-1960年間の新産品
54型銥金筆 ブランド:長白山 と思います。
58型高級金筆 ブランド:鴨綠江/金龍
600型高級金筆 ブランド:金龍