茶米(デ—ビ—)ノブログ

中国人であるの私のコレクション 日本語勉強中

2019年12月

上海金龍金筆廠→公私合営安東永華金筆廠→地方国営安東金筆廠→丹東金筆廠→丹東金筆廠(丹東中朝友誼金筆廠)

上海金龍金筆廠は1947年に益新教育物品社の社長 何柏齢さんに建立された万年筆会社です。
何さんは政治家である陳雲の商務印書館に仕事した時の知人です。華商四大文房具商店の一つとし、益新教育物品社は堀井謄写堂の競合他社でした。

この会社のすべての万年筆製品が5品番(1948年当時):

H56型標準金筆=略称56型/大型=他社28型
H46型常備金筆=略称46型/中型=他社26型
H36型学生金筆=略称36型/小型=他社24型
G26型簿記金筆 銀行用
P26型簿記金筆 銀行用

銀行用万年筆がベストセラーであり、アメリカの会社も金龍と代理に関わることを相談しました。(当然、インフレーションにより、代理することができませんでした。)

1949年6月大公報の広告により

P246型銥金筆(イリジウムが有するスチール先万年筆)

1952年に公私合営し、安東へ遷移しましたら、銀行用万年筆の生産が既に止まりました。何さんの汚職などことが揭発されたことにより、会社が1955年に国営化されました。
地方志による1952-1960年間の新産品
54型銥金筆 ブランド:長白山 と思います。
58型高級金筆 ブランド:鴨綠江/金龍
600型高級金筆 ブランド:金龍


更新::派克公司は1940s-1950sに存在した万年筆商店とし、勿論、パーカー(派克)の代理店の一つです。当時、パーカーの中国総代理は怡和洋行です。加えて、派克はパーカーの最も有名な中国語訳名前ですが、当時にインクのtrademarkを登録した時、パーカーの会社名の漢字表記は柏卡です。

The owner of 永生Life when it was not combined to 新华Xinhua(Sinhwa) is the owner of a pen store named Parker in Shanghai. The store should be a Parker's distributor. After Life was combined to Xinhua, the brand Life was changed into 永生Wing Sung later when exported to Hongkong .

1948年 上海儀器文房具商業同業公会(中国語:上海仪器文具商业同业公会/上海儀器文具商業同業公會)の機関誌 儀文 第二期 会員代表名録(p59-p75)

上海儀器文房具商業同業公会万年筆商店組(中国語: 自来水笔商店组/自來水筆商店組)の二人の担当さんの一人であり、派克公司の責任者 鈕永集さんは永生鋼筆製造工場(国語:永生钢笔制造厂/永生鋼筆製造廠)責任者の一人でした。
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p63
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p70

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この永生工場が永生ブランドの由来と考えられます。

1947-1948年、永生鋼筆製造工場 創業
責任者はパーカー上海代理店の責任者 鈕永集さんと兄弟 鈕永済さん

1950s、永生と新華(元の商務、1947年創業、1948年登録)合併したら、英語表記LIFEが広東語ローマ字WINGSUNG に換わった新華製永生万年筆の繋がるかもしれません。

二年前、ある永生万年筆はパーカーの部品を使用したと聞いました。今、この資料を読んだら、あれは永生工場の製品かもしれないと考えられます。

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